
レシピは地図のようなものだ。
ある料理を作るという目的地へたどり着くために、
必要な素材と調味料を集めて組み合わせて、適正温度、調理道具を使うタイミング、
事細かな段取りの指示が私たちの手を動かしていく。
だが小説を朗読するようにして、誰かが作り上げた線の上を現実に呼応させてはみても、
レシピの作り手と同じ風景を見ているとは限らない。
大学時代、台湾出身の友人が製菓学校の授業で作ったケーキを持ってきてくれたことがある。
とある有名なパティシエを招き、お店で出しているものと同じレシピを生徒に渡し、
実際にみんなで作ってみるという授業があったそうだ。
全員同じ調理器具、同じ空間、同じ時間、同じ素材で作っていたにも関わらず、
出来上がったものは一人一人味が異なっていたようで、そのことを大きな発見のように話してくれた。
私はその有名と言われるお店もシェフの名前も知らなかったが、
片言の日本語で実習時間の様子を楽しそうに話す彼女の言葉を聞きながら、
ピスタチオのムースが薄く挟んである細長いケーキの地層を頬張っていた。
埋まらない溝。
この口の中で広がる甘さと、シェフ自身の手によって作られる甘さの間には、
どれほどの距離があるのだろう。
レシピに刻まれた道のりは、表面上の線をなぞるだけではたどり着けない、
突き詰めればその人自身のルーツを探るようなものなのかもしれない。
↘︎ Chef In Residence 特設ページ
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Drawing:仲間一晃 (Nakama Ikko)
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Text : Gökotta (ヨークオッタ)
記録媒体
記録者こいけりかを中心に、ある土地・コミュニティの中でしか生まれ得ない言葉や物語、光景の採集を行うことで、記憶の循環を多角的なアプローチで解釈していく。